夕飯の買い物をする話

 

目次

 

創世記

釣り糸に餌はついているか


ご飯を食べないで生きていける人もいるらしい。貧乏すぎて、頭がおかしくなったんだろか。
空気と水をのんで太陽の光にあたってたら、いつのまにか飯を食わなくても生きていけるだとおっしゃる。
理由は神のおつげを聞いたから、とか。健康法です、とか。神話ですら神は飯を食ってる。神が関わったら拷問か天罰の類じゃんね。
立派に植物への変態である。人間をやめて植物になる方法が存在するだけで、人は人間として食事をしなきゃ餓死する。
そりゃもう飢える。お腹ペコペコで死にそうになる。

 

物語のはじまり

 1. 夕飯はうんこのようにうまれない


あいもかわらずひきこもりでも、ごくはつぶすわけだ。たとえ野菜炒めとご飯だけでも食えるだけマシなのだ。
昨日母親から、仕事で疲れているから明日の金を出すから材料を買って夕飯を作れとおっしゃる。珍しいパターンだ。
普段は「仕事で疲れているから簡単なものでいいか」あたりを言う。
引きこもりが働いてる親に作らせるって客観的に見て極悪かもしれん。クズエピソードは無意識に生まれるな。
言い訳でもないが作ってもらうことと、自分で作ることは大体半々だろうか。
特に金も稼がず居座ってるし、薬のせいか気分も最悪じゃない。甘んじて受けられる精神状態なら甘んじて行おう。

 

使わないネタのtxtは過去のゴミ山ですか


なんでいきなり日常の話をしてんねねん。ネタ切れか。早くね?そういうわけじゃない。
テーマもない。方針もない、何か情報提供もする気もない。そんな不思議空間だが。ネタがないわけじゃない。
デスクトップに置かれた乱雑なtxtファイルの中には話題なんて無数にある、はずだ。あるに違いない。
解読できるか怪しいtxtを見て自分語りも確かにできよう。

 

txtで潮干狩りをしなかった理由はある。いつでもできることなら、今日思って、今思った風化してしまう感情を残しておいてもいいと思ったからだ。
残したメモは、抜け殻で残骸で、過去の自分の残滓だ。思い出しながら、そのときどういう風におもった、今はこう思う。そんな文章も作れる。
あらゆる話は今現在だれかに思った瞬間に伝えても、過去話だ。今はつぎの一瞬に過去になる。
じゃあ、結局メモからおもちゃを取り出しても、今日の話をしても過去の話じゃん。そうだね。全部過去だね。


どういうこと?何がいいたいんだよ?
気分や感情に理由付けしようとして失敗したってこと。まぁ、いいじゃん。今さっき書きたい話題ができたってことだ。永遠の中の一瞬を捕まえたってことよ。

 

 

閑話休題は突然に

2. 2枚の商品券


前日の夜に2枚の商品券をもらった。2000円分だ。お釣りが出るタイプ。特定のお店でしか使えず、セブンイレブン系グループだから知名度は高め。
渡された時に、母は「バナナと卵が切れたから買ってきて」と3回は伝えたらしい。耳にすら到達できなかったか細い音に違いない。まったく覚えてない。
夕飯の材料を買い、何か作れの印象が衝撃的すぎたのだろうか。耳と脳の守備範囲が狭すぎる。脳は情報を勝手に取捨選択すると言うからな。しかしぼくは気遣いができる。母が部屋から出ていく前に、なにか夕飯以外に買うものある?と聞いた。卵とバナナを要求される。怒鳴られる。うーん、げせぬ。

 

次の日起きたのは12時過ぎた頃だ、ここ数日は毎日1時間ずつ早く起きている。明日の起床は午前に違いない。12日後が怖い。寝る時間は大体決まっている。だからボクの場合早く起きれば活動時間が伸びる。しかし起きて数時間が勝負だ。午後5時か6時をすぎると寝るまでの時間は一瞬で溶けてしまう。ラスボス演出一歩手前の雰囲気のような現象だ。いつか打倒する日は来るのか。あるいは黒っぽい組織からの攻撃かも。こっちはけっこう本気で思ってる。やめてくれ。

 

3. バナナと卵と豚汁材料

イスに座って、しゃっくりと遊んでいると、なにかやることがあると電子メモに書いてある。黒板みたいに何度も書いては消せる偉いやつだ。すごいやすかった。1000円もしない。バナナと卵と豚汁材料が書いてある。らくする気満々だな。野菜と肉を切って、味噌をぶちこめば豚汁なんてものはできる。一汁一菜。1+1で一汁だけ作ればいい。数学じゃないから答えは2である必要はないのだ。
毎日やることは相応に手を抜く。枷になると心が疲れる。ときには歯磨きすらめんどくさい。飯の準備もそう合ってほしい。
化粧と身だしなみに何時間もかける方々は心の底から楽しでるんだろうからこそだ。好きがあるはよきことだ。

 

夕飯の材料調達には徒歩だ。運転免許は持ってない。多分一生取らない。自動運転が実用化されても、運転免許をもってないと乗れないってんならかなり困るから取るかも。AV、青年誌モザイクの憎しみを超える怒りがサイヤ人の血を呼び起こすからよしてほしい。自動運転が実用化されたら、バスとタクシーの運賃がぐぐっとさがってほしいな。タクシーなんて成金趣味はないが。日本の交通費は高すぎる。電車にしたって大儲けしてるだろ、JR。すし詰め、必須交通機関。三途の川だって300円ですむ。

 

まぁ、徒歩も悪くない。あらゆる言語で健康にいいって喧伝されてる。どんな悪意なら徒歩の価値を下げられるのか見てみたいぜ。ここ数日はは、スネが疲れすこし息が乱れるくらいの早歩きがブームだ。筋トレの代わりともいう。腰を少しだけ、ほんの少しだけ落とす気持ちで歩く。足を大きく前に運べて、地面もうまくけれる。腕は振り子だったり、ポケット中で留守番だったり。手を振って歩くなら、手のひらはふとももに向いてる。

時間なんて気にしないけど、目的地と太陽の方向が同じでやたら眩しい。おやつの時間よりは早い午後だ。西から登ったおひさまが、南をまわってちょい東?目的地は家から南東あたりってことか?いかん考えてしゃべってないことがバレる。

 

 

人はそこをイトーヨーカドウと書く。堂は時代の波にのまれた。

4.  店内編(小題を考えるのをサボる場所)

自動ドアを過ぎてエスカレーターを降りると、生鮮野菜売り場が見える。金がないとなんだって高い。弾は2000円。数は打てそうにない。
料理を作るための買い物をすると、もやしは気づいたらかごの中にいる。買い物七不思議。結局大体なに入れてもいい。シチューでももちろん豚汁でも。もやし炒めになることはあまりないな。

 

豚汁。そう豚汁。じゃがいも、にんじん、たまねぎは家にある。たまに腐ってる。冷蔵庫の掃除は牛乳置き場にコーヒーがこぼれてるときくらいで勘弁してください。
予定にまったくないニラを手にとる。お湯で煮ればラクに食えるリーゼント白菜縦斬り4分の1もカゴに。魚と納豆は御用じゃない。肉だ。豚肉を求む。
肉置き場で立ち止まらずにお目当てを拾えたことがない。微妙にgが違う豚肉にどれかちょうどいいねんと頭が空回りする。メモにgは書いてない。いつだってドツボにはまれる才能がある。

 

今回は2種類買う気になった。ニラがカゴにある。鶏むねにくを茹でて、ニラとポン酢をあえたら楽にご飯のおかずになる。
意外と料理を知っている。笑える。カレーとシチューとチャーハン以外にもレパートリーがあるひきこもり。これは+1主婦ポイント。

 

バナナ忘れてた。冬だからかバナナコーナーさんが縮小している。バナナはたいていエクアドルかフィリピンだろ?年がら年中バナナ祭りじゃねぇの?日本の季節の果物に、バナナが駆逐されたの?柿は山程置いてあった。ストライクだがボール、さよならを告げた。


買うのはフィリピン産のばなな。100円の違いで味ってそんなに代わるだろうか?かたや298円完熟1房4本すこし大きめさつまいもサイズ。100円バナナ出身フィリピンは人参サイズ1房4本。舌で味は比較しないとする。ワンコインばなな(税によって裏切られる)を買う。このバナナは母親が作るスムージー?という名の冒涜的灰緑色に汚濁したどろどろに使われる。バナナがでかくて、味があまいと、マシになると理解しているにも関わらず、あえて安く小さいほうを買う暴挙。飲むのは主に母親だし。だってでかくて高いほう買うと、車で行けないような別のスーパーにもっと安く売ってるわ!!!自転車で行ってこい!!!とヒステリックマウントを取られる。なら、そっちで買ってこいや。徒歩と車の速度問題か。小学生たかし君の信号も障害物も無視して等速直線運動くんだってめんどくさいと言わせてやる。つまり母は義務教育を終えていない、QED

 

肉コーナーを曲がって、10個入りの卵をキャッチ、冷凍食品コーナーを抜け、お惣菜とパンのジャングルの先に会計がある。
カゴを見る。買う予定にもメモにないたけのこ、しいたけ、ニラ、切り干し大根が増えている。ベジタリアンに媚びてるわけではない。予算は2000円だが大丈夫か。ここの金額を覚えてないから、暗算ができない。あー、惜しいなー値段がわかってたらなー。超えた場合はたけのこ君328円とはレジにてさよなら、だ。

竹林持ってる人がたけのこを捨てるほど配ってるっておれは知ってるぞ。竹林の生命力は保険いらず。気にならないやつの庭をぐしゃぐしゃにする植物兵器として、イギリスで大活躍してるらしい。

 

時間が時間だから、会計待ちの列がみじかい。喜ばしい。時間帯によっては、カートに家族は動物園のゾウさんとキリンかい?みたいなカートが無慈悲な待機列を形成する。日常にコミケは求めてない。離別予定のたけのこで頭をいっぱいにしながら、会計金額は1800円とちょっと。セーフ。よかったなたけのこ。ぶっちゃけ君の未来は豚汁で良いのかな。

 

エコバックなんてしゃれたものはない。商品券2枚と着の身着のまま。だからビニール袋に2円払わされたのは誤算だった。2円はビニール袋の末端価格にしては高すぎる。そもそもタダから有料に変えた理由も環境保護のためですっけ?ん?有料にすると生産される量と店が仕入れる量が変わるの?そこ因果関係ある?え、おれ騙されてる?環境保護は資本主義の尖兵なの????いっそのこと。「利益のためにビニール袋も金とります!!」と宣言してよ。「慈善活動じゃありません!!営利活動です!!!」って大きな声で存在意義を宣言したほうがあんさんもラクなるとちゃう。

材料を腕に抱え、泣きながら帰る未来が変わったこと。3歩もせず忘れるとは。こいつは鶏にIQを負けるかも知れない。

 

たまご、ばなな、豚バラ肉、胸肉、白菜4分の1、ニラ、たけのこ、半額しいたけ、切り干し大根。中くらいのビニール袋。
どう入れるべきなのか。卵を一番下にするといいって聞いたことはある。袋の上部は不安定でたまごが揺れ、袋の中で動きまくってしまうと。
ガードレールに強打したらどうせ手遅れだから卵はどこでも良いか。いやでも先人の知恵には一応従っておこう。責任転嫁の用意は十分だ。
問題は肉。肉の上に積むべきなの。積まないべきなの。文明の利器がポケットにない。徒歩だと気になるし、重いんだあいつ。
肉。たたくよな。たたくと柔らかくなる。上に積んでもいいじゃん。肉は一番しただな。白いトレーを上に向ければ平面もグッド。床に置くと肉のファーストキスが地面に奪われるが、置かなきゃいい。パーフェクト。その上に卵、直方体で硬め。あとは適当に野菜テトリス。無敵だ。

 

 旅の終わり

5. もう最後間近だし、分類しなくていいよね。

帰り道は無数にある。そりゃ道路ですから、一本道ではないので。逆走もできますし?
気分にあったみちは、でかい国道沿いの歩道だった。店から小道を抜けて、小学校の横の道を通り過ぎる。緩やかな坂のながーい国道にやがて出会う。ここをまっすぐ進めば帰れる。国道を下っていくと、別の国道と十字にぶつかる。国道だから交通量が多いのか、交通量が多い場所を国道にしたのか。車はブンブン通ってる。

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国道


なんとか国道を越えていかなきゃならん。信号か歩道橋か。目の前の信号が青になる長さは、交通量と時間によって決められてる。俺の渡る信号は、青の時間が短い。のわりにけっこう横断歩道は長い。別の方向の信号はやたら長いのに。

 

言い換えるなら俺の渡る信号は、足の遅い歩行者じゃ余裕がすくないってことだ。トラックも大型車もばんばん通るから、ちょっと危ない。代わりにすぐそばには歩道橋がある。長ったらしく青になるのを待つ必要も、短い時間で長い距離を急かされることもない。便利で都合のいいやつ。ついでに階段上り下りエクササイズもできる。欠点とも言う。

 

選択の問題だ。今日は歩道橋を選ばなかった。横断歩道デー。いつもより待たず、信号は青に変わった。そういえば以前ここで交通事故にあったなぁ。俺が。今書いてて思い出した。子供ころだ。時速60kmの車とぶつかって10mくらい吹っ飛んだらしい。子供俺は信号無視したとか。しかし重傷もなく、後遺症もない。死んでもいない。かすり傷1つだけだったらしい。質量保存の法則は間違ってるかもな。誰発案?ラボアジエだって。死んだら伝えときます。

 

そういや人は一生で3000回は生命の危機に遭遇してるとかしないとか。多すぎる。やっぱ運が絶対にして究極のパラメータか。この記事、ファイマンとアインシュタインが読んだら怒り出して書類を食べ始めそうなくらい修飾過多でとっちらかってるな。でも、5歳時でも理解してもらえる気がする。

 

6. 二人の少年、いい歳したひきこもり

早歩きはいい。横断歩道も車に目の前を横切られなかった。あとは家まで直線距離を詰めて、曲がり角をよいよいするだけ。


ほどなくして、少年達の声が後ろから聞こえる。振り返りはしなかった。2人の少年は、僕のうしろで息を整えながら今は歩きはじめたようだ。
つかの間もなく「やべぇ、あんな短い時間で駆け抜けたの初めて!」「俺たちすげぇ!!」「さいきょーだよ!」そんな感じの声がすぐ後ろから聞こえてきた。
本能だろうか、直感?なんだか懐かしくなった。下手したら過去にまったく同じことをして、同じ言動をしたことがあるかもしれない。だてにぼくは交通事故で吹っ飛んでないのだ。

 

今通ってきた信号と横断歩道は歩行者用ではなく、自転車を対象としているのだろう。言ったとおり、青の時間は短く、そのわり子供や老人にとっては距離が長い。
彼らは信号が瞬き始めてから、駆け出したのだろう。そして赤ギリギリになったかぐらいに、渡りきった。少なくとも俺はそう信じた。思い出には残っていないが、僕も同じ初めてを経験したことがあるに違いない。常に走り回ってたマグロのような子供時代、さぞ嬉しがったろう。友達がいたら余裕だぜ、と強がっていたかもしれない。

 

息が整ったらしい。二人の少年は、興奮冷めてないようで、また走り出した。そしてボクを通り越した。ランドセルをしょっていたから帰宅中の小学生だろう。走っている間も彼らは何やら叫んでいた。なんと言ったのかは残念ながら聞こえなかった。もう十分聞いただろうと脳が勝手に判断したか。いいかげんだなぁ。

 

少年の一人は髪が立つぐらいつんつんして、ガゼルのようなしなやかなふくらはぎをしていた。変態みたいな表現だ。きれいな筋肉の付き方とお伝えしたかった。普段からサッカーとか走り回るスポーツでもしているのかも。ガゼルくんはぼくを抜き去ったあと、通行人の顔を気になったか、ちらっとこっちを見た。しかし、すぐに前を向き短距離走のように駆け抜け行った。純粋に走ることが好きなんだろう。

 

もうひとりは、緑色の長袖を着ていた。足の肌色の記憶がないから、多分長ズボンだったんじゃなかろうか。少し遅れて、ばたばたとまるでバタフライのような足の使い方の緑長袖君にぼくは抜かれる。

 

早歩きと行っても、さすがに、走りには負ける。いや、抜かれまいと頑張ったんだけど、ダメだった。走って抜き返してやろうとは、卵を抱えた買い物袋ありじゃ思いついても実行しないよ。

 

緑長袖君も抜き去ってから、ボクの顔を見た。目があったからね。顔だろう。
人間が自分以外の顔に興味を持つのは本能らしい。俺はうつむいて誰にも顔を見られたくないなぁって外出中すら心にひきこもっているときがある。そんな気分でも自然現象と本能に逆らえず老若男女問わず、他人の顔をのぞきこもうとする。美人だったり、イケメンだったり、向こうがこっちに気づいたりすると、即座に見てませんよーなんて素振りをしながら顔をそらすけど。

 

緑長袖君はガゼルくんより、ボクの顔を長く見つめていた。もちろん走りながらだ。
ガゼルくんが徐々に遠ざかってるけど、君大丈夫かい?なんてのんき思っていた。

そして、なぜかぼくは微笑えんでいた。社交辞令でも、愛想笑いでもなく、口だけでもなく。顔全体を使った純粋な笑顔をしていたと思う。魅力的な笑顔だったろうか?真相は緑長袖君に聞いてくれ。書いてるボクも、錯覚だったかもしれないと思うほど不思議な時空間だった。

 

彼はボクの微笑みを確認した世界で唯一のラッキーマンになった。ボクが微笑んだから彼は顔をそらさなかったのか。あるいは、ボクの顔がよっぽど、(イケメンってここで使っていいの?)特徴的だったか。ハトのフンでもついていたか。そうして、止まったような時間はすぐ動き出し、緑長袖くんもガゼルくんへと追いすがっていった。長いと感じただけで、実際はガゼル君同様、一瞬だったのかも知れない。


なんだか愉快な気分だった。なんでこんなにも愉快なのかわからなかったけど、間違いなくこの気持ちは文章にしようと思った。無事に文章として誕生してくれて、とても嬉しい。思い出してるいまも微笑でいるかも知れない。かの少年のことは、緑長袖のアイコンしか覚えてないから次会うときは、また新しい別人だ。
そうやって夕飯の買い物の旅が終わった。もちろん、ボクはしょたこんではない。

 

最後に


豚汁のごぼうとこんにゃくを買い忘れる。レジの目の前でメモを見て確認した、はずなんだけど。記憶が捏造されている?組織の攻撃?
ごぼうは父に分けてもらった。こんにゃくは、もうどうでもいいやと変わりに豆腐をいれた。
物語とかカッコつけたけどフィクションでも小説でもなく、ただ買い物して終わる俺の一日の話です。

 

 

 

書いた時間;2時間とちょっとくらい

編集時間;2時間30分は超えた。

現在の時間;深夜2:22分。微笑んでません。寝たいです。