回想録 小学生編8

今日の一言

天気は晴れてて追い風。病院までの道はすいすいすーい。
天気晴れたても風が強い。びゅうびゅう向かい風で立ち漕ぎしても進まない帰り道。

 


マンション住みの奴らと出会う

私は一軒家が立ち並んでいる地域に住んでいる。
旧街道を歩いていくと、大きなマンションがある。3,4年生になってから、彼らと学校でよく遊ぶようになった。理由は何だっけ?同じクラスだったからだっけな…。同じクラスの子を1人しか覚えていない。たまたま帰り道の方向が似通っていたからかな?家までの帰り道は2つの道がある。彼らと一緒に帰るのは少し遠回りだが、帰り道もまた遊びだ。


中高でも仲良くつるむおでこの広いS君。やんちゃでいたずら好き握力が6年生でも一桁ガリガリM君。身長が学年で一番たかく巨人なM君。でぶじゃないよぽっちゃりだよ、いやお前は動けるデブだよC君。この4人とよく遊んだ。


彼らの存在はドッチボール大会で知ってはいた。実際に対決したこともあった。低学年ときは、遠くから仲良さそうだなぁ伺っていたことがある。夏休みに住んでいる地区別のドッチボール大会が小学校ではあった。彼らマンション組は、マンション内にテニスコートがあり、そこでドッチボールの練習していた。ゆえにめっぽう強くて敵なし。いつもそこが優勝していた。


女子も蛮人みたいな凶暴な子が多かった。かわいい子も多いね。団結力もあり、彼らマンション組はお互いに仲が良かった。このマンション組との仲は今は疎遠であるが、小学校だけでなく、中学校、高校まで仲良くさせてもらったのは前述のとおりだ。
とりわけ小学校、中学校では仲良く遊んだ。通学路の道が似通っていたから一緒に帰れる。必然的に距離が近くなり仲良くなった。


牛乳戦争

家の食事は、まずい、ときもあったがいや普通か。美味しいものは美味しいんだけど、記憶に残るほど美味しいものはない。なんでもかんでも混ぜれば美味しくなるという思考がにじみ出ていた。単品ではそんな悪くないのに、やたら余計なものを混ぜたがる。おかげで変な味になる。それは嫌だった。栄養さえ取れれば、お腹に入れば一緒でしょと。味をもっと気にしてほしい。


ゆえに学校の給食は私にとってオアシスであった。中には舌の肥えてる子。強がり?なのか学校の給食はまずくて食えないという子もいた。ほざく連中もいたけど、誰がなんと言おうと給食にはいつも五体投地するレベルで感謝していた。安定してうまい。量もある。アモーレ。


給食には必ず瓶牛乳が各自に1本支給される。煮干しも毎膳支給されるが、湿気ていると食べる気に慣れなかったな。湿気てる頻度も多かった。冷暗室のせいかな。マンションのM君は余った煮干しをもりもり食っていた。昼休みも手に煮干しをすくうようにもっていた。煮干し、うまいかなぁ。たまにでる乾燥大豆は好きだった。食感がかたいものは好みだ。


僕の牛乳は大好物の1つだ。クラスには牛乳が飲めない子がいる。彼らはのまないで、カゴに牛乳を戻す。先生もとくに嫌いなものを強制するタイプではなかった。グッジョブだ。戻された牛乳は奪い合いだよね。基本的に早いものがちであった。

 

小学校では班という概念がある。36人だったら、6人ずつに班分けされる。教室を6に分割して、隣り合っている子同士が班になった。給食の時間は6人の机をくっつけて、かたまって食べるのだ。お互いの顔を見えるし、会話も弾む。あの仕組みは結構いいよね。班は週毎にそれぞれ役割があった。給食を配膳する当番も班で週周りだった。


食が細い子が、同じ班にいるとラッキーだった。彼らに事前契約して、毎日牛乳やら、いらないモノやらを分けてくれる。彼らは嫌いなものを食べなくてラッキー、僕は多く食べれてラッキー。Win-WInだ。たとえおかわりができなくても、常に腹ペコだったから本当に助かった。


給食の時間が来た。クラスの生徒は一人ひとり並び配膳をしてもらう。みんなに行き渡ったら、先生だっけ?いただきますの合図をする。戦闘開始の合図だ。
一食目はかきこむ。ひたすらに味わうまでもなくかきこむ。給食が配膳し終わっても、ご飯やら味噌汁やら、オカズが大抵残っている。食べ終わったらおかわりをしても良かったのだ。


デザートなどの人気のものには目もくれない。デザートじゃ腹は膨れない。甘いより、しょっぱいものだ。デザートの代わりに主菜をトレードすることもあった。余ったデザートは女子も欲しがる。じゃんけんだ。じゃんけんは確実じゃない。俺はやつらがじゃんけんをしている間に、ほかの獲物を狩る賢さを持っていた。


1番人気のものをじゃんけんで囲んでいる間に、主菜の肉や魚を先に確保。ついでにほぼ確実に残っている野菜やサラダもゲット。ご飯や味噌汁は教室全体に行き渡るように、多少余分に入れてるのだろう。毎回必ず余っていた。つまり急ぐ必要はない。
牛乳はおかわりにいくついでにポケットに忍び込ませる。完璧なプランだ。このプランを十全に実行するために、自然と学校の給食を食べる速度が訓練されていった。体はちいさかったが、クラスで毎回一番に食べ終わっていた。もっとも給食を食べたのも僕だ。


そのちいさい体のどこにそんなに詰め込めるの?とよく聞かれた。まぁまぁ異常な量を食べていた。ごはん味噌汁大盛り4杯主菜をありったけ。残った野菜も全部。牛乳も残ってる限り全部。競争相手がいないと嬉しいね。あの時代に大食いに挑戦しとけば良い記録を残せたんじゃないか?kg単位で食べていたかもしれない。


5,6年生のクラスではライバルが増えて困った。小学生で170cmを超えていたM君、デブのC君、煮干しのM君。分前が減るんだよ!!!俺は強欲で暴食だった。だからインフルエンザが流行る時期、生徒の半分も来ない日とかはむしろラッキー!と思ってた。
給食はたらふく食べれる。午後の授業はなくなる。天国だったね。

 

そういえば学校のナポリタンスパゲッティの量はとにかく異常な量詰め込まれてたなぁ。おかわりしてもおかわりしても食べ切れないくらい配膳されていた。
6年生のときはそれでも足りなかったけどね。ひもじさが極限を超えると他のクラスにまでおかわりを貰いに行っていた。日常的におかわりを求めていたから、わりと他のクラスも諦めていた。あの頃は早食いは正義だった。今は逆に亀のようにゆっくり食べている。

 


かぼちゃのみかん煮

そんな暴食で欲張りな人間だったが。一度だけこのまずさは耐えきれない、と敗北した。かぼちゃのみかん煮。やつは小学校で一度しか配給されたことはなかったが、やばい味だった。


かぼちゃとみかんの苦味を極限まで濃縮。かぼちゃのしつこい甘ったるさを強調。みかんの尖った酸味も余さず後味として口を汚染する。どんな調理をするとこんなエグミしか感じないモノを生産できるのか慄いた。給食のおばちゃんへの信頼感が揺らいだ初めての日だった。ぶたの餌か?


クラスの誰もが残していた。食べる前との教室の空気がまるで違った。沈黙だ。本当にまずいものを食べたとき、まずいと言う前に閉口する。口の中のメタン廃棄物を処理する必要があるからだ。一口食べればまずさがわかる。先生すら黙っていた。でぶのC君をのぞいて。あのデブ馬鹿舌…?

 

だが助けられたとも言う。5,6年生のときのクラスだった。大食らいが多く給食へのプライドがあった。配膳箱は絶対に空にすると、鉄の意志を持っていた戦士たちだ。いつもこの教室だけ廃棄が0だと褒められていた。残すわけには行かない。だがっ…!まずいっ…。苦すぎて、甘すぎて、酸っぱすぎる。これは食い物ではない。自分の皿を処理するだけで精一杯だった。俺には無理だ。俺は甘いものが苦手だったから、なおさら食べる気になれなかった。

 

配膳カゴに山と残っているかぼちゃのみかん煮を、C君だけは嬉々として食べた。このデブやべぇ、と本気で引いた。デブは甘み以外のセンサーが多分ぶっ壊れているに違いない。そんなゲテモノデブでも流石に全部は食べ切れなかった。みんなが残し、カゴの半分も残っていたからだ。その日、我がクラスは敗北した。すまねぇ、給食のおばちゃん。でもあれは食い物じゃないと思うんだ。悔い改めてくれ。


人生の中で嫌いな食べ物は?と聞かれたら、かつての母のなんでもオールインわん料理。母の失敗こげ料理。かつて姉の作った砕いた殻まるごと卵焼き。洗剤味パクチー。こいつらに並んで、かぼちゃのみかん煮もランクインする。好き嫌いが無いと思ってたが、意外とあるなぁ。


ともかく、物理的に食べられないわけじゃない。しかし極限まで苦味を追求。後味に極限の酸味と極限の甘みを追加。するとこんなにも素材を冒涜した味になるのかと戦慄できる。分量が何か間違ってたんだろう?なぁそうだと言ってくれ…。苦味をごまかすために、砂糖かグラニュー糖を入れすぎちまったんだろ?異常な酸味と苦味はみかんの皮だろうな…。
かぼちゃとみかんの相性はそんな悪くないと思うんよ。うん。試さないけど。


いちご牛乳

いちご牛乳。いちごを潰して、牛乳に突っ込めばいい。今は別々に食べるほうが好きだ。しかし小学生の時はやたら合体融合をしたがる。一日一合体。牛乳といちごがでたら合体させる。合体させないが失礼とすら思っていた。


給食のいちごは結構珍しい。珍しいけど、全く出ないわけではない。1ヶ月に1回くらいは出てたんじゃないかな。そんな貴重ないちごを、牛乳にぎゅうぎゅうとおしこみ、箸でぐさぐさ。潰してばらばらにする。
うまいことを混ざりあえば、なかなか美味しい。自動販売機に売ってるいちご牛乳。あれとはもちろんまったく違う味わいになる。
適当に押し込んでいるだけだから、まず均一でない。牛乳の瓶をシェイカーのようにふろうものなら、シャンパンもかくやと教室に降り注ぐ。振れない。
そうなると、飲んだ時にほのかにいちごを感じる牛乳部分。果肉がぷちぷちと楽しい果肉メインの部分。逆に、この2つを交互に楽しめるいちご牛乳になる。口触りが変わるのが美味しさの秘訣だったかも。


牛乳掃除

小学生給食あるあるその1。牛乳の一気飲み。どっちのがはやく牛乳を飲めるか勝負をする。寒くなってくると、冷えたままの牛乳をのまない子が多い。競争の回数も増えるってわけだ。


温泉上がりのように、腰に片手を当てて、残りの手で牛乳を傾ける。正直これが原因だよね。急激に傾けるもんだから、小さい口では牛乳を受け止めきれない。口からはこぼれ、鼻に入り、顔は白濁液であふれる。エロい。いや鼻水とよだれ混じりで汚い。
焦って気道にも入り、ごふっと咳き込む。あー大惨事。立っているときはいいけど、座って班の形に机を向けているとなおひどい。隣の女の子とは向かい合わせ。いくべんぼくのよだれ牛乳を吹きかけたろうか。ほんとすまん。


ゆえにぼくが持っていた雑巾はクラスでもトップクラスの牛乳臭さだった。牛乳を飲んでるだけで、いたづらしてくるやつが悪い。いたづらするのは許してほしい。そういえば勉強のできたO君は牛乳霧スプレーだった。なにをしても笑い出すもんだから、こっちとしてもO君が牛乳を飲もうとすれば、なにかせざる得なかった。仕方ないよ。いじめ、だったのだろうか?勉強を教える優しい子だったよ。

 

そんな牛乳くさい雑巾で教室の床掃除をする。逆に汚しているのでは。

 


くじらのたつたあげ

最近はもう珍しいようだ。くじらが給食出ていた。くじらの竜田揚げだ。他の食べ方は知らない。4年生くらいまでかな。途中からはくじらといいつつ、カジキだったらしい。食感も確かに違った。おかわりしたあとはきちんと味わっていたんだ。


ソースだったっけ。なにもついてなかったけ。マヨネーズと納豆とケチャップを学校で食した記憶はないから、ソースだと思う。結構くじら肉はかためな筋肉質。色は黒とまではいかないが、濃い色をしていた。


カレーはこぼすもの。こしょうはたっぷり

カレー。カレー美味しいよね。揚げ物とも、野菜とも魚にも肉にもあう。CoCo壱番屋の10辛カレーに挑戦してみて、ケツ穴が違和感を覚えたのは5年前の話か。辛すぎるのはだめだ。旨味の中に辛さを感じるのが、辛いものの楽しみ方だと思う。味噌汁に少しの七味を加えるのが好きだ。


小学校のカレーは甘口だったが、代わりにやたら胡椒が入っていた。唐辛子のような辛さはないが、水分を持っていかれるような強い胡椒感。のどがひりつく。辛くないけど、辛いと感じる甘口カレー。男的には歓迎だったが、もう少し甘口がいいとの声もあった。


低学年向けは、もうちょっと甘口だった気がするんだけどね?高学年だとすこし味付けが違うんだろうか。手間をかけてるのかな。


配膳をする際に、ワゴンを配給室から自分のクラスに運ぶ必要がある。かなり重い。1人だとワゴンの重さに振り回されてしまうほど。それでもせっかちなアホいる。お腹が空いてしかたがない。班のみんなを待たずワゴンを1人で取りに行ってしまう。俺だけじゃないよ?


多くの場合は、ワゴンの安定さによって壁にぶつかっても問題ない。柵もある。たまに、教室に入れる時に引き戸ドア用のレールに突っかかりひやっとする。一度だけ、どしゃーとあらゆる給食カゴがぶちまけられた光景をみたことがある。俺がやったんだっけ?いや別のクラスのメガネ君だった気がする。


無事に教室に運び入れた。いざ、配膳用の机に鍋を運ぶ。36人分+αだ。くっそ重い。ここでも気を抜くと倒してしまう。倒したら掃除が大変。食い物も減る。給食のおばちゃんになんとかすみませんといって、予備があるか聞く必要もある。ないときは別のクラスに物乞いして、鍋の中身を分けてもらう。
給食を人一倍大事にしてたからこそ、給食をへらす行動だけは本当に気をつけていた。食い意地は全てに優先される。ワゴンの制御、重い鍋運び。子供のときでも筋力は正義だ。

 

こぼしたときとの後片付けやら小学生の先生は大変だろうね。そもそも小学生なんてサルだ。小学生の先生だけは俺はなりたくないな、とずっと思ってる。教員資格なんてないけどな。大学すら卒業してない。資格を持っていても、精神適性診断で落とされそうだ。
なにより給食のおかわりが先生はできないだろう?やだね、やだやだ。食べすぎて首になりそうだ。


ラーメンはずるずる

学校のラーメンは、伸び放題だった。汁のなかにすでに麺がぶちこまれている。まぁ、事情は分からんでもない。そっちのが配膳しやすいしね。麺が伸びることを前提に作るなら、工夫もできる。それゆえか麺は太めだった。


汁と麺が分かれている時もあった。汁の配膳に失敗すると、麺だけが残ってしまう。汁担当と、麺担当は別の子だから、性格によってやっぱ残り具合が変わる。汁担当が倹約家だとナイス采配だ。


汁担当が豪快で適当なやつ、麺担当が消極的な子だと麺だけあまって途方に暮れる。いざおかわりの儀。汁が一滴も存在しない。麺だけはたくさん残っている。麺に味はない。麺味。最悪。一度、血迷ったM君が牛乳に麺を突っ込んでて頭おかしいなと思った。小学生みんな行動力あるよな。


だからこそ、汁は飲みきらず残しておく。汁と麺が分離している時の鉄板のルールだった。

 

 

 

 

 

給食の話ばかりで、おなか空いたよ。